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文学・評論

八日目の蝉

角田光代
中央公論新社 2007.03.25 発行 (世田谷図書館)

 

八日目の蝉

 

人間の運命はちょっとしたことで狂う。出会うはずのない男と出会い、あり得ないはずの恋をする。子を身ごもり、堕胎し、恋敵の子をさらい……

誰もがそうした運命を引き受けて一生懸命生きているのだから、その引き受け方に価値の違いはないはずだ、たとえば恵理菜の実の両親のように、どうしても現実を受け入れられず、ひたすらそこから目を背けて生きているとしても、それそのもが絶対の悪だとどうして言えるだろう。作者の目はそんなしょうもない、だらしのない人間にも温かい。

けれども一方で、焦燥と苦悩のなかで何が人間の「ほんとう」なのかを知っていく主人公のプロセスには、確実に価値があるのであり、その苦闘が周囲の人間をも変えてゆくという、そのあたりの機微がとても巧みに表現されている。いい作品だと思う。

ポストモダン状況など引き合いに出すまでもなく、結婚や不倫に関する伝統的モラルはほとんどあってないがごとしだ。そのなかで結婚という制度だけが、さまざまな現実的条件やしがらみのなかでゾンビのように生き残っている。まだまだ当分は生き続けるだろう。幸か不幸か、この制度のなかで、人間はもっとも苛酷にその資質を試されるらしい。男女間の葛藤、相克に比べれば母性などは相対的な問題にすぎない。本書は、いくつかの書評で見かけたような母性の何たるかを扱う作品では絶対ないと思う。

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