杳子/妻隠/行隠れ/聖
古井由吉 河出書房新社 2012.03.30
若い頃から読みたいと思いながら、なんとなく手を出せなかった作家。今回ひょんなきっかけで読んで衝撃を受けた。
参ったのはまずは言葉。無限にもみえる彼のボキャブラリーのなかから思いがけない組み合わせで飛び出してくる表現。体験したことのない小説世界!
「杳子」は心を病んでいる女性の物語なのだけど、病んでいることと正常との境目がいかに脆く曖昧なものか、それは実は誰にでも言えることではないのか。そうした頼りない現実のなかを生きるある種の心地よさ。そして肌感覚としてのエロチシズム。生きることがエロスなので、これは年齢に関係なく、男女の間というだけのことでもなく伝わってくる。その意味で私はむしろカラフルな部分があるとおもった。
「聖」は過疎の村の土俗的な慣習を背景に、濃厚な死の臭いのなかで起こる男女の関わりを描いたもの。一見リアリズム風の描写のなかで、やはり夢か幻かぼやけてゆくところが面白い。しかし、なんか読んでて疲れる作家ではある。