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人文・思想

私とは何か 

「個人」から「分人」へ

平野 啓一郎 講談社現代新書  2021.09.20

私は若い時も今も、いわゆる「自分探し」というのをやったことがなかった。もちろん自分という人間が決して首尾一貫した、矛盾のない人間だということではない。ある場面では優しく思いやりのある人間、別の時では、あるいは別の人に対しては切れやすく、かっとなって怒鳴ったりする、仲間内では飲んだくれでほとんどアル中、しかし相手によってはお酒なんか全然飲まない品行方正な中高年女性、ひどくシャイで人見知りだが場所と相手によってはけっこうお喋りでやかましい、等々。

人間ならそんな多面性があるのが当たり前、「私とは何か」なんて分かる訳ないじゃないか……そんな或る意味開き直り、無責任体質が、私がいわゆる心の病と無縁だった理由かもしれない。アイデンティティのないのが自分のアイデンティティ、なんてうそぶいていたりする。それはそれで問題があるのだが(つねに揺れ動く、自分の基軸がない)、少なくともあるべき自己を設定して、そこに到達しようともがくよりは生きやすいと思う。本書でも分人主義の良いところは、「何よりも変化を肯定的に捉えられるところだ」(92)。
ほんとうにそうだと思う。共時的にも通時的にも人間は変わる。変わるということは、希望があるということだ。

以上のような意味では、本書は私には必要でなかったかもしれない。でもこのような考え方を必要として、それによって救われる人がいると知ったことは意味があったし、よいことだった。

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