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文学・評論

Explaining Hitler

-- The Search for the Origins of his Evil

Ron Rosenbaum Da Capo Press 2014

大部な本で、その感想をまとめるのは困難だが、読んでいてネガティブな意味で興味は尽きなかった。
先ずはいわゆる出生の秘密。ユダヤ人の血筋があるということは証明もされていないが、否定もされていない。何よりもヒトラーは、自分が生れた村を地図から完全に抹消しようと試み、そしてそれに成功したらしい。

ヒトラーと付き合って、その後自殺した(ことになっている)姪のGeli Raubalとのタダならぬ関係。ヒトラーにはスカトロジー的性的倒錯がある、それが原因でGeliはHitlerと別れようとしたが、ヒトラーはそれに憤激、Geli殺害におよんだという説はかなり流布しているようだ。性的な pathologvy が政治的 pathology につながったという説(No.4082,4105)、証明しようもないことだが、一つの「説明」としてはやはりうなずけてしまう。
いずれにしても、Geliの死がヒトラーに壊滅的な打撃を与えたというのは、いくつかの証言がある。ゲーリング自身、「Geliの死はヒトラーに壊滅的な影響を及ぼしたので、他の人間の誰との関係をも変えてしまった」(5287) ヒトラーの写真家ホフマンの言では、「この頃ヒトラーの中に非人間性の種が芽生え始めた」(同上)

Fritz Gehrlichというジャーナリストは早いうちからヒトラーという政治家、というより男の危険を察知して警告を続けてきた。ドイツが、世界がもう少し彼の言うことに耳を傾けていたら!と思わせる著者の思い入れである。
ヒットラーのNordic natureへの憧れと、彼自身のnon-Nordic appearanceとの偏差が彼の心理に大きく影響したらしい。人種的憎悪は転移した自己嫌悪の表れ。
(No.4539)

「知的ではなく身体的で個人的な類いの憎悪がある。イデオロギー的な敵意という仮装、外衣をまとっているが、実はイデオロギー以前と言う意味で初源的な非合理的な憎悪、その産物というよりは源泉、というようなものがある」(5193)
すごく分かるような気がする。

ホロコーストがかなりの程度ヒトラーの個人的資質によるものか、ドイツ人の国民性にも関わるのか、それとも西欧社会そのものが生んだ怪物なのか、あるいは人間そのものの問題なのか、というのも永遠のテーマであるようだ。

とにかくこの著者、基本的にはイスラエル寄りの知識人でシオニズムにも一定の理解があるようだが、ホロコーストに関してはどんな見解があろうととにかく聞いてみようという姿勢で、膨大な数のインタビューをこなしている。
たとえば『ショア―』の監督のクロード・ランズマン。彼はヒトラーに関する一切の「説明」を拒否したという。たしかに『ショア―』は何の解説もなく淡々と出来事(つまりそれに遭遇した人々にとっての)を表現しているのだが、しかし彼らを取材して映画をつくるという行為自体がひとつの「説明」ではないのだろうか。

物凄い労作であることは確かで、研究者のあいだでは知られているのだろうけれど、翻訳されて一般読者に読まれればいいがと思う。


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