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文学・評論

Martin Eden

Jack London, Transcribed from the 1913 Macmillan and Company edition by David Price

Martin Eden (English Edition)

ジャック・ロンドン。White Fangと The Call of the Wildは私の大好きな作品。日本語訳と英語で何回か読み返した。でもジャック・ロンドンのこの自伝的小説については、2019年に、ナポリに舞台を移したイタリア映画が公開されるまで、全然知らなかった。

映画を見る前に早速小説を読んでみた。ものすごく面白かった。
無学な船乗りだったMartin Edenは、ふとしたことから、裕福な家庭の娘で知性と美貌に恵まれたRuthに出会う。Ruthとその周辺の人々を通じて、彼は初めて文学というものに触れる。それ以来彼は日々の労働の傍ら、身を削るようなような努力で読み書きを学び、文学的教養を身に着ける。そして自分でも作品を書き始める。

Ruthはそんな彼の向上心を高く評価し、彼のワイルドな魅力とひたむきな愛情に惹かれるが、彼が小説を書くことには疑念を持っている。彼に文学的才能があると思えないし、ちゃんと学問をして堅実な職業につき、安定した家庭を築いてほしいと思っている。

MartinはそんなRuthとの考え方の不一致に悩みながらも、様々な仲間と出会い思想遍歴を繰り返す。作品を書き続けては出版社に送るが、大衆受けする小品がときどきわずかな報酬で採用される程度で、ほとんど生活の足しにはならない。Ruthは別のブルジョア男性との結婚を親から迫られていて、Martinはそれを阻止する力を持たない。

だがある日突然運命が開けた。一躍人気作家となったMartinは、しかしほんとうに彼が望んだものを手に入れたのだろうか…

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何よりも、Martinの強烈な知への憧れに胸を打たれた。知性へのピュアな憧れが、生身の女性の姿に重ねられるところは、『若きヴェルテルの悩み』さえ連想させる。

In one way, he had undergone a moral revolution. Her cleanness and purity had reacted upon him, and he felt in his being a crying need to be clean. He must be that if he were ever to be worthy ofbreathing the same air with her.

「恋愛の情熱は恋人の美あるいは美点において結晶作用を起こす。この不思議な作用の核を成しているのは、単に美しいものへの欲望、それを所有しようという欲望ではない。結晶作用は人間に固有の幻想、つまり、人が自己自身の中で育むロマン的な自己幻想を”糧”とするのである」(竹田青嗣『恋愛論』)

当然ながらMartinの結晶作用は長くは続かない。貧しい文学の徒もMartinにとっては、年収3万ドルのMr.Butlerよりよほど美しく見えたが、Ruthにとってはそうではなかった。Ruthはもちろん金持ちの男が好きと言うわけではない。ただ分別のある人間が分別のある生き方をするのが当たり前であり、賢いことでもあるという世界に生きて、それ以外の考え方はできなかったのである。

Ruthとの別れと彼の成功がかさなっていくのは皮肉だが、ある意味象徴的だとも言える。恋人の中に見るロマン的な自己幻想を棄てたとき、彼はほんとうに小説を書けるようになったのである。

20世紀初頭の知識青年の思想遍歴も面白いが、やや煩雑なので省略。でももう一度読み直してみたい。

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